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仲田の英語学習記(3)

今回は、「電話」するとスピーキング力(と精神力)が鍛えられるというお話しです。

その前に、アメリカ人学生にノンネイティブの人間が英語について指導するなどあり得るのか?
そんな疑問を頂いたのでちょっと説明すると、答えは「あり得る」です。

大学にはレポート指導をしてくれるライティングセンターがあり、主に英語専攻の大学院生がチューターをしています。当然、非英語圏からの留学生も多く、例えば中国からの留学生(中国系アメリカ人ではないです)が、アメリカ人学部生のライティング指導をしたりします。

で、なぜ経済学部の学部生の自分が、アメリカ人学生のライティング指導に関わっていたのかというと、友人が大学院で英語を専攻していたからです。ライティングセンターでの指導以外にも、授業後に学部生の面倒を見ることもあり、自分が借り出されることがあったからです。文法が分かっているからだそうです。指導されるほうは、はじめは「え?お前が見るの??」みたいな顔をしていますが、ビビらずにおかしなところを指摘していると、案外素直に受け入れてくれます。

そんなことを、普段いっしょにいるルームメイトや友人に話すと、「オレの宿題もお前がチェックしろ」と頻繁に言ってくるようになりました。はじめは見ていましたが、面倒になってきたので彼らの宿題は断っていました。愛すべき我が友人たちは、すぐに楽をしようとするので、そういう意図が見えた瞬間から塩対応をするようにしていました。彼らの話は、また別の機会にしたいと思います。

ということで、学生時代からライティングの成績はどういうわけかとても良かったのです。

前回、TOEFLをクリアしたけどスピーキングの練習を全然していなかったという話をしました。当時はPBT(Paper Based Test)という形式で、ライティングもスピーキングもないテストでした。だから練習していなくてもなんとかなった時代でした。

大学の授業がスタートするのは9月から、新入学の留学生たちは8月後半にオリエンテーションなどがあるので、アメリカ人学生より少し早くキャンパスに集められました。自分は、7月後半にアメリカに入国して1ヶ月ほど旅をしてから学校入りすることにしました。

サンフランシスコから入国して、最終的にミネアポリスに着けば良かったので、途中の滞在先などは何も決めていませんでした。ネットも電話線の時代で、当然海外で使える携帯なんか持っていない時代、今振り返るとどうやって目的地に辿り着いていたのか不思議ですが、「地球の歩き方」と「紙の地図」で乗り切っていたのでしょう。

スピーキング力の低さをはじめに実感したのは、Amtrakというアメリカの鉄道の予約をする時でした。今は知りませんが、サンフランシスコはAmtrakが乗り入れておらず、LAに電車で行く場合、途中までバスでどこだかのAmtrak駅まで運ばれて、そこから電車に乗り換えるというルートでした。自分が持っていた1ヶ月パスのようなチケットは、電話で都度予約して席をおさえるシステムでした。その時点でよく分からなかったですし、このチケットの存在をAmtrakの職員が知らなかったりするので(外国人旅行者用のものだったと思います)、いちいち説明しなければならないのですが、当然うまく言えないし、しかも電話なので実物も見せられないし、受話器の向こうの人も話すスピードを全く緩めてくれないしで、全然予約できませんでした。心がボキボキに折れるのを耐えながら、何度も電話していました。最初の試練です。結局予約できたのかできていないのか分からない状態でしたが、駅でチケットを発券されたので予約できてたのでしょう。

旅とは言え、基本的に日本語のない世界で1ヶ月生活していると、英語ができない故にいろんな惨めな状況に陥ることがあります。ちなみに、旅行中はなるべく日本人旅行者がいなさそうな大部屋のドミトリーを選んで宿泊していました。もちろん、ドミの予約も要電話です。英語がうまくなった実感はありませんでしたが、心は鍛えられたし、何とかやっていけるような感覚は掴めたように思います。

スピーキングを鍛える方法:電話する

勇気も要りますが、これは結構鍛えられますよ。

実際に生活が始まると、電力会社やガス会社に電話する、大家さんに電話する、銀行や保険会社から電話がかかってくる、などネットのない時代は電話することが頻繁にありました。

ぜひ、みなさんも試してみてください。

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